2021年2月27日土曜日

1-2 ローターブレードの構造

 ローターブレードは固定翼機の主翼に相当するものですが、はるかに細長く回転に適応した独特の構造をしています。ローターブレードの構造上の設計要求とその実際を理解しましょう。

 

ブレードに働く力と構造設計上の要点

(静強度) 1枚のブレードには平均して、機体重量のブレード枚数分の1だけの空気力(揚力)が働きます。全備重量10,000lbs(約5トン)、4枚ブレードの中型ヘリコプタでは、平均2,500lbs(約1.25トン)の空気力が働きます。ブレードは細長いので、この空気力は大きな曲げモーメントを作ることになります。このため固定翼やプロペラのように余り変形させない剛構造にすると、ブレード根元付近の応力が過大になり、構造的に成立しません。そこでヘリコプタのローターブレードは柔構造として、揚力によってブレードが撓み、それによって遠心力が作る曲げモーメントを発生させ、空気力が作る曲げモーメントを相殺するように工夫されています。


 

 但し、ねじり方向(ピッチ方向)はブレード翼型の迎角に直結しているので僅かな変化でも発生空気力の大きな変化に繋がります。そこで極力ねじれないように捩じり剛性の大きな構造にする配慮が必要です。

更に、回転によってブレード付根で数トン~数十トンに達する強大な遠心力が働くので、これに十分耐えられる引張強度を持った構造にする必要があります。


 (疲労強度) このような静的強度要求に加えて、ブレード構造にとって最も重要な要求は疲労強度です。前進飛行中のブレードに働く空気力は、一回転中にその大きさとスパン方向の分布形状が大きく変化します。その為、回転中のブレードに働く荷重も複雑に変化します。ブレードは一秒間に数回転するので、この荷重は繰り返し荷重となってブレードの疲労強度に大きな影響を与えます。ブレードは十分な疲労強度を確保できる構造であることが最重要です。

 

(振動特性) 最後に、強度要求に加えて振動特性も重要な要求であることを忘れてはなりません。何故なら、ブレードの固有振動数がロータ回転数の整数倍に近づくと共振を起こすのでこれを避ける必要があるからです。固有振動数がロータ回転数の整数倍に近づかない特性を備えた構造にすることが求められます。


ブレード構造に対する設計要求

以上から、ロータブレードは空力形状要求を満たす成型性に加え、剛性、強度、振動に関する以下の5つの要求を満たす構造でなければならないことになります。

ⅰ)フラップ、リードラグ方向に柔な構造

ⅱ)捩りにできるだけ剛な構造

ⅲ)強大な遠心力による引張りに耐えられる構造

ⅳ)十分な疲労強度を有する構造

Ⅴ)ロータ回転との共振を避ける振動特性


ブレード構造の実際

  図は最近のヘリコプターの典型的なブレード構造です。疲労強度の確保、最適翼型形状成型の容易性等の理由からガラス繊維を主体にした全複合材製が最近の主流です。


ガラス繊維製D型中空桁(Dスパー)が主要構造で、遠心力や推力を受け止めてハブまで伝える役目を持ちます。その後方は翼弦方向の重心が後方に行きフラッター等を起こすことを避けるために、ノーメックスハニカム(複合材製のハニカム材)等の軽量な材料をコアとして翼型形状を作り、最後尾はガラス繊維テープ製の後縁材を通します。全体を±45度方向に繊維が走るガラスやカーボンの織物で覆った構造をしています。

ガラスやカーボン繊維は疲労強度が金属材料より優れ、要求ⅳ)を満たします。またガラス繊維は伸びが良く、これで作られたDスパーは十分しなやかに撓み、要求ⅰ)を満たします。


Dスパーと±45度方向に走らせた繊維を持つ外皮で全外周を覆った閉じ断面形状は、捻り断面特性が大きく要求ⅱ)を満たします。更にDスパーの肉厚を十分確保すると共にスパン方向に走る繊維を入れ、十分な引張り強度を確保することで、要求ⅲ)を満足させています。

最後に前縁付近に鉛の錘を埋め込み、軽量なノーメックスハニカムでもまだ取りきれなかった翼弦方向の重心バランスを取ると共に、スパン方向に錘の量を増減して固有振動数調整し、Ⅴ)の振動特性の要求を満足させています。


 

2021年2月26日金曜日

第一部 ヘリコプターはどのようにできているのか            1-1ヘリコプターの構成


  ヘリコプターにはローターやそれを動かすトランスミッション、エンジン、操縦系統のように回転したり上下・前後に動いたりするメカニズム部分がたくさんあります。このようにヘリコプターはメカニズムの塊で、これを理解するにはメカニズムの構成と仕組みを知る必要があります。そこでまず手始めに最も一般的なシングルローター・ヘリコプターSingle Rotor Helicopter:揚力を生み出すローターが一つの形式)の基本構成とその役割を勉強しましょう。後で主要構成品であるローターやエンジン、トランスミッション等のメカニズムも説明します。

ヘリコプターの基本構成  

 下は模式化したシングルローター・ヘリコプタの基本構成です。

(1) エンジン、トランスミッション、メインローター                 

機体中央上部にはヘリコプターの重要構成品であるエンジン、トランスミッションおよびメインローターが取り付けられています。
エンジンはヘリコプターの飛行に必要なパワーを生み出します。現在はジェットエンジンの一形態であるターボシャフトエンジンが主流ですが、小型ヘリコプタでは低価格なレシプロエンジンを搭載するものもあります。エンジンから出た回転出力はインプット・ドライブシャフトを介してトランスミッションに入ります。
インプット・ドライブシャフトはエンジン出力をトランスミッションに伝えると共に、組み立て公差や飛行中の荷重による機体変形で生じるエンジンとトランスミッションの微小な相互位置関係のズレ(これをミスアライメントと言います)を吸収する役割を負っています。インプット・ドライブシャフトとトランスミッションの間にはクラッチが挿入され、エンジン故障時にローターをエンジンとを切り離して自由回転させるオートローテーションを可能にしています。尚、レシプロプロエンジン機では始動時にもロータの接続を切ることで、重たいローターを回転させずエンジンを始動出来るようにしてあります。トランスミッションは通常3~5段のギアの組み合わせで構成された減速装置で、毎分6,60027,000で回転(6,600RPM27,000RPM)するエンジン出力を、ローターの回転に適した300RPM400RPMに落とすと共に、向きを90°変えてマストに伝える役割を担っています。
マストはブレードとハブで構成されるメインローターを、ほぼ水平面内で回転させる回転軸であると共に、ロータが生み出す推力やモーメントを機体側に伝える役割を担います。ヘリコプタの飛行に必要な全荷重を伝える非常に重要な構成品です。
ブレードは細長い翼で、回転することにより揚力を生み出します。最低2枚ですが4枚持つヘリコプタが多いです。最多はロシアのMil-268枚あります。枚数は機体重量を支える推力を生み出すのに必要な数と、振動及びコスト等の兼ね合いで決められます。一般に枚数が多いほど振動が少なくなりますがコストは高くなります。

マストはブレードとハブで構成されるメインローターを、ほぼ水平面内で回転させる回転軸であると共に、ロータが生み出す推力やモーメントを機体側に伝える役割を担います。ヘリコプタの飛行に必要な全荷重を伝える非常に重要な構成品です。
ブレードは細長い翼で、回転することにより揚力を生み出します。最低2枚ですが4枚持つヘリコプタが多いです。最多はロシアのMil-268枚あります。枚数は機体重量を支える推力を生み出すのに必要な数と、振動及びコスト等の兼ね合いで決められます。一般に枚数が多いほど振動が少なくなりますがコストは高くなります。

ハブは複数のブレードを束ねてマストに連結させる機構です。各ブレードで発生した揚力はハブに集められマストを介して機体に伝わります。又ブレードが必要とするピッチ(ブレードを長手軸周りに回転させて翼型の迎え角を増減させる運動)、フラップ(ブレードを回転面外の上下に羽ばたかせる運動)、リードラグ(ブレードを回転面内で回転方向に微小に前後する運動)運動の自由度を与える最も重要な構成品です。

尚、通常ロータは上から見て反時計回りに回転しますが、フランス系とロシア系のヘリコプタでは時計回りに回ります。 

() テールローター

 機体の後部にはテールローターが設けられています。トランスミッションから出力の一部を取り出して、テールローター・ドライブシャフトを介してギアボックスに伝わります。

ギアボックスは回転方向を90°変えて、テールローターを垂直面内で回転さーせます。中型以上のヘリコプターでは安全性を高める為に、垂直尾翼の上部にテールロータを設けて地上とのクリアランスを確保することが普通です。その時はドライブシャフトの方向を変換する為に、テールローター・ドライブシャフトの中ほどに中間ギアボックスが設けられます。

テールロータは小型のロータです。そのブレードが回転することで横方向の推力を発生します。これはメインロータの回転に伴って、反作用として機体が時計回りに回転するのを止める役割をします(これをアンチ・トルク機能と言います)。またその大きさを変化させることで、固定翼機の方向舵のように機首の方向(Heading)を変える働きもあります。更に、垂直尾翼と同様に機首を風向きに向けたり、ヨー運動(機首を左右に振る運動)を静めたり(ダンピング)する役割も持ちます。 

(3)ダイナミックコンポーネント

以上のエンジン、ローター、トランスミッション、ギアボックス、ドライブシャフト等がヘリコプターの心臓部であり、ローターおよびドライブシステム(Rotor & Rotor Drive System)と称します。ローターがヘリコプターの要であり、これとこれを駆動する装置の意味です。これらは固定翼機の主翼のように固定されたものではなく、全て1分間に数百回転から数千回転、エンジン等は1~2万回転位で動くものなので、ダイナミックコンポーネントとも言われます。

ヘリコプターはダイナミックコンポーネントが中心になって構成されています。ダイナミックコンポーネントは、動くが故の振動、騒音、疲労、不安定現象等の物理事象が密接に絡みます。従ってヘリコプタの設計ではこれらの事象を十分に検討してダイナミックコンポーネントを設計し、運用中も正しく整備することが重要です。


(4)構造、降着装置                                

ダイナミックコンポーネントの下には、それを支えると共に、人間や荷物を収容するキャビンテールブームがあります。燃料タンクもこのキャビン内に設けられます。キャビンやテールブームは構造とも言います。キャビンの下部には降着装置が取り付き、離着陸時の衝撃を吸収します。金属チューブの撓みを用いる簡単なスキッド形式や、衝撃吸収用油圧オレオに車輪を着け、地上走行が可能な車輪形式のものもあります。水上に降りる機体ではフロート式の降着装置を用います。

目次

           第一部 ヘリコプターはどのようにできているのか

1-1 ヘリコプターの構成

1-2 ローターブレードの構造

1-3 ローターヘッドの構成とロータの制御メカニズム

 

第二部 ヘリコプタの飛行性能はどのようにして定まるのか

2-1 大気の特性

2-1-1 標準大気

2-1-2 高温日、低温日の大気の特性

        2-2 エンジンの特性

2-2-1 ターボシャフトエンジンの特性

2-3 翼型の特性

2-3-1 翼型の特性 

2-4ホバリングに必要なパワー

          2-4-1 ホバリングに必要なパワーの大きさ               

2-4-.2 理想的誘導パワー                     

2-4-3 1馬力でホバリングできる重量                      

2-4-4 ホバリング余剰馬力                                  

2-4-5 Figure of Merit                           

2-4-6 線形吹き降ろし場合の誘導パワー

2-4-7 捩り下げやテーパーを付けた場合の誘導パワー(1)

2-4-8 捩り下げやテーパーを付けた場合の誘導パワー(2)

2-4-9 非線形捩り下げの効果

2-4-10 プロファイルパワー

2-4-11 ホバリング時のロータ推力とピッチ角の関係

2-4-12 垂直上昇時の誘導パワー

               2-5ホバリング性能

                   2-5-1 ホバリング性能とその決まり方

地面効果

ホバリング中の吹き降ろしの強さ

前進飛行に必要なパワー

前進飛行時のロータの誘導パワー

前進飛行時のロータの誘導パワー計算例

誘導パワーの略算法

前進飛行中のロータのプロファイルパワー 

         前進飛行に必要なパワー

                前進飛行性能

                  前進飛行性能とその決まり方

              (6)ロータ効率、ヘリ効率

(22)プロペラの誘導パワー

(26)プロペラとロータの誘導速度比較

 

第三部 ロータはどのような挙動特性を持っているのか

  フラッピング運動

              (43)ロータのフラッピング運動(1)

              (44‘)ロータのフラッピング運動(2)

              (45)ホバリング場合のフラッピング運動(1)

              (46)ホバリング場合のフラッピング運動(2)

              (48)前進飛行時のフラッピング運動(1)

              (48-1)ロータの性質: その1 ホバリング場合

(48-2)ロータの性質: その2 速度に対する挙動

(48-3)ロータの性質: その3 サイクリックピッチに対する挙動

(48-4)ロータの性質: その4 コレクティブピッチと機体姿勢に対する挙動

(48-5)デルタスリー δ3

(48‘)簡易トリム

(52)シーソーロータのフラッピング運動(1)

              (53)シーソーロータのフラッピング運動(2)

              (54)運動中のロータのフラッピング運動

              (55)運動中のロータのフラッピング運動 その2

              (56)運動中のロータのフラッピング運動 その3

(56-1)運動中のロータのフラッピング運動 その4

  リードラグ運動

              (39)コリオリの力

  

フラッピング運動を理解し計算するために必要なこと

(27)2次系の応答

              (28)2次系の過渡応答

              (28-1)2次系の過渡応答特性その1 ステップ応答

              (28-2)2次系の過渡応答特性その2 正弦波応答

              (33)ルンゲ・クッタ法

 

ヘリコプタの飛行特性はどのようにして定まるのか

  安定性・操縦性


ヘリコプタの強度はどのように考えられているのか

  静強度と疲労強度

  材料の強度

  ロータの固有振動

              (49)マイクレシュタッド法

              (50)修正マイクレシュタッド法

              (51)回転梁のマイクレシュタッド法

              (51-1)ロータ形式による固有振動の違い

              (51-2)ラジコンヘリのロータの固有振動計算法

              (51-3)ラジコンヘリのロータの固有振動計算例

              (58)回転体の危険速度

  ロータの強度計算

              (66)ロータ荷重解析 その1

             (67)ロータ荷重解析 その2

              (68)ロータ荷重解析 その3

    (69)ブレードの構造、材質の違いによるロータ荷重の相違

              (70)プリコーニング

ヘリコプタ特有の一寸変わった事象

              (65)テニスラケット効果


ヘリコプタは何故振動が多いのか?少なくするにはどんな方法があるのか?

  ヘリコプタの振動はどのような性質のものか

(32)ヘリコプタの振動の特徴と発生理由

(10-2)ロータ形式による振動の違い

  振動を減らす工夫:防振

              (25)防振対策

(11)防振原理:防振マウント

(34)防振原理その2:胴体運動自由度の影響

(35)振子式防振装置

(36)フラームダンパー

(37)Heli-Dyne社のダイナミックダンパー

(39)Anti-resonance防振装置

(40)SARIB,NODAMATIC防振装置

(41)ARIS防振装置

(38)ロータ固有振動モードと振動伝達率

はじめに

  本ブログはヘリコプターに係わる基本的な問題についてできるだけ平易に解説しようとたものです。重要と思われる項目を一項目毎に解説する構成を取っています。

解説にあたっては、理論と実際の両面からの理解を目指しました。そのため、現象面の説明だけでは無くできるだけ物理的理解を得られるように注意し、簡単な理論式の導出と実例による数値計算を多用しました。 

 意識したのは専門雑誌”Rotor & Wing” に連載されたProutyの解説です。事の本質を平明な言葉でズバリと説明するProutyの解説は素晴らしいものです。もとより彼ほどの能力と経験を持ち合わせていないので同様のものは望むべくもありませんが、Proutyの解説が理論式を一切示していないので、技術屋が実務に使うには難があった点を改める目的があります。(尤も、Proutyの場合は技術屋用には立派な教科書がその目的で存在します。)

また、Proutyの解説がヘリコプター空力分野に特化しているのに対して、本講座はヘリコプターに係わる種種雑多な問題をできるだけ網羅したいと意図しました。我国でヘリコプタを生業とすると、これらを避けて通れないからです。

 本ブログはまだ作成途中で、最終的には200項目程度になると予想されます。項目もその順番も興味に応じて作成したままであって一貫性に乏しい嫌いは予めお詫び致します。いづれ機会を見て整理追加する予定です。本講座で取り上げたい項目や、説明がわかりにくい所があれば、遠慮なく申し出て欲しいと思います。一緒に作り上げましょう。

2-3-1 翼型の特性

     ヘリコプターはローターを回転して推力を発生させることで飛行します。ローターブレードは断面が翼型形状をしていて、これが推力を発生します。翼型が推力発生の要ですのでヘリコプターの性能を理解するには翼型の特性を理解しておく必要があります。今回はこの翼型特性について勉強しましょ...